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甲府城の狭間

 狭間とは弓や鉄砲を撃つ為の穴
狭間

鉄砲が主役となる頃には銃眼という刻みが作られます

大坂城で見つけた銃眼
 石垣の一番上に刻みを入れこの上に塀をつけます

銃眼_convert_20100901164301
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こんなところに

 ミンミンゼミがこんな低いところで鳴いていました
セミ

今収穫できるぶどう

ピオーネ
 一番人気です
ピオーネ

しなのスマイル
 さわやかな甘さです
しなのスマイル

バラデイ
 フルーテイーです
バラデイ

夏祭り

 8月21日に村の納涼祭がありました。納涼祭
「屋台もあるよ」の一言に出かけて見ました。観客50人くらい。目の前であがる花火 焼きぞば
かき氷 ジュース 無料

8月22日地元の火祭り
 子供の頃から楽しみにしていた祭り、でも夏の終わりを告げるまつり
火祭り

8月24日地元のお天神さん
 この祭りが終わると夏も、夏休みも終わり・・・

地元の祭りはいいなあ 歩いていける 渋滞はない 懐かしい顔があちらこちらに

本格歴史小説に挑戦

山本周五郎短編
 「小説日本婦道記」「雨あがる」
 貧しくとも真実に生きた男とその影でしっかりと支えた女たちの物語


樋口一葉
 「ゆく雲」山梨が舞台、生家の塩山とその周辺の描写が美しい
一葉

本格歴史小説に挑戦
 心温まる短編で慣らした後は大河歴史小説 お勧めはこの一冊
国盗り

183系国鉄色

国鉄黄金期の特急として活躍しました。名残の国鉄マークが残っています。183_JR[1]



こんな花が咲きました

画像 019
ケナフという花だそうです

たそがれ清兵衛

あらすじ
 清兵衛は知る人ぞ知る剣の達人。病弱な妻の面倒を見るため下城の太鼓が鳴ると急いで帰宅。
その清兵衛が上意討ちの討ち手に選ばれるが・・・「一藩の危機と女房の尿の世話とどちらが大事だと思っているのか」
 短編なので簡単に読めます。藤沢周平の珠玉の一冊です。是非座右にどうぞ。
たそがれ

115系2000番台 

身延線の主役としてかつては御殿場駅まで行きました
3年ほど前に惜しまれつつ引退した老将
115-2000.jpg

石尊

雨乞いのまつりをした場所です
石尊

草に埋もれた石尊さん
草に埋もれる

道祖神場にも石尊さんがあります
道祖神場

同じ目的です
向かって右が石尊 左は秋葉さん
秋葉さんは火伏せの神様 火事の時
火を消してくれるように祈った場所
石尊も秋葉も雨を降らす祈りが行われました
田中

甲府城の天守台

天守 

ぶどう

今年もぶどうの収穫が始まりました。

ところでダイナマイトなるスイカを収穫して食べてみました


売店

ゆずき

スイカ
>

味は まずい・・・



甲斐銚子塚古墳

銚子塚

 甲斐銚子塚古墳は日本で53番目の全長169メートル、東日本では3番目の大きさである。その形は前方後円墳と呼ばれる日本独特の形である。後円部に竪穴式石室が設けられていて、当時この地方を支配していた国から派遣された国司が葬られている。前方部ではこの国司を埋葬するための祭りが行なわれた場所であろう。聖域である後円部を見上げるように造られている。後円部では死んだ国司から王位を継承するための儀式が行なわれたと考えられる。この国司の後継者は銚子塚古墳の隣りに造られた丸山塚古墳に埋葬されたのであろう。円墳にしては珍しい竪穴式石室を持つ古墳だ。このように前方後円墳と竪穴式石室を伴う円墳の組み合わせは岡銚子塚古墳と杯塚古墳、馬乗山1号墳と2号墳でも見られる。

甲府城の石垣

 甲府城は一条小山と呼ばれる小山にあり、その地山は安山岩の山であった。甲府城石垣はその安山岩を使って積まれている。野面積という古い積み方で自然石をそのまま積む方法である。隅石の算木積はまだ確立されていない。
いし

甲府城の歴史

やぐら


1582年3月 武田勝頼が天目山で自害 武田家滅亡
        甲斐は織田信長の領地となり家臣の河尻秀隆が支配する
1582年6月 織田信長本能寺で討たれる 甲斐は徳川家康の領地
         平岩親吉が城代として甲府に入る
1590年   羽柴秀吉が小田原の北条氏を滅ぼして甲斐を支配
        養子の羽柴秀勝が領主 その後加藤光泰 
        さらに浅野長政が甲府を治める
1593年   甲府城築城始まる 天守も作られる
1600年   関が原の戦 浅野長政和歌山に国替え 
        甲斐は徳川領になり後の徳川義直が治める 平岩親吉城代
1616年   3代将軍家光の弟忠長が甲府城主になる
        その後忠長謀反の疑いで切腹
1661年   4代将軍家綱の弟綱重甲府城主
1664年   甲府城2万両で修理
1678年   綱重の嫡男綱豊が甲府城主 綱豊は後の6代将軍家宣
1704年   時の大老柳沢吉保が甲府城主
1724年   柳沢吉里大和郡山で移る
        以後甲府は勤番支配となり明治を迎える
 

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プロフィール

noboseri24

Author:noboseri24
芹沢 昇(せりざわのぼる)

城めぐりブロガー

1962年12月17日生れ O型
博物館学芸員
社会福祉士 介護福祉士
介護支援専門員
調理師 
剣道初段 英検3級

成年後見制度 市民後見人

好きなチーム 巨人 ヴェルディ
         ヤンキース
好きな選手 松井 カズ 高橋由伸

日本城郭検定準1級

江戸文化歴史検定3級

日本100名城スタンプラリー
平成22年4月18日  開始
平成27年11月24日 制覇
平成27年12月2日  認定
       第895番目  

趣味 日本100名城スタンプラリー
城めぐり 古墳めぐり 蝶の観察
読書 司馬遼太郎 吉川英治 山岡荘八

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剣は心なり
  心正しからざる者
        剣また正しからず

 小学生のころより歴史に興味を持ちはじめ現在に至っています。また実家はブドウ栽培で有名な山梨県勝沼町で、周囲は自然に囲まれています。今まで撮影した画像の保存と集めた資料をまとめる目的でブログを始めました。城や前方後円墳などの歴史から自然のことブドウ栽培などの記事を思いつくまま更新しています。


山梨県指定史跡 甲斐府中城

甲府城・・・

 武田家滅亡後、甲斐の国は、信長が支配する。その信長も3か月後に本能寺で自害。そして徳川家康が治めることになる。小田原攻めの後豊臣秀吉が甲斐を支配。その頃に築城されたのが、甲府城である。その当時は金箔瓦が燦然と輝く5層の大天守がそびえていた。そして江戸期になり今度は幕府直轄地となり、天守は破却されたが、天守の代用として御三櫓階が造られている。その後交通の要衝を抑える要の城として将軍の弟が城主をめ、明治を迎える。


甲斐銚子塚古墳

 甲斐銚子塚古墳は日本で53番目の全長169メートル、東日本では3番目の大きさである。その形は前方後円墳と呼ばれる日本独特の形である。後円部に竪穴式石室が設けられていて、当時この地方を支配していた国から派遣された国司が葬られている。



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