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ここにも

石を割った後

伊賀上野城
矢あな

ここに使われている
礎石

伊賀上野城の高石垣
石垣

犬山城の石垣
犬山 石垣

矢穴

甲府城
矢跡

割る前
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古い町並み

北国街道海ノ口宿
海ノ口

中仙道奈良井宿
奈良井

中仙道馬籠宿
馬籠

美濃岩村城下町
岩村城下

ご主人様

車を守ります

アトム55

佳境

忍者ショーの稽古も佳境になってきました

忍者稽古

預かり犬 カズ&アキ

マイペースなアキちゃん

あき


ちょっと怖がりカズくん

カズ

虹を見ました

伊勢湾岸自動車道
虹

岐阜城
虹

失われた古墳

中央自動車道境川PAの工事に伴い発掘され
今はその姿を消した馬乗山古墳
石室は考古博物館に移築されている
馬乗山

山梨最古

山梨でもっとも古い古墳 4世紀前半
前方後方墳の小平沢古墳
小平沢

木々に埋もれてその姿は確認できない
長野県松本市にも同じような形、同じ時期の古墳がある

松本市弘法山古墳
遠景

今度はこの仔

大阪で知人が保護しました
大事に飼ってくれる方を募集します
しろ

縄文時代と土偶

今から1万2千年前、土器という文化が出現し人間の食生活に変化が
現れた。おりしも地球は氷河期から脱し、温暖化が始まり気温の上昇
と共に人間も文化的な生活を始める。約一万年続く縄文時代。この長
い時代に世界最古にして最大の土器文化が醸成され、今から4千年前
にその土器文化が結実した。されに土偶が作られそれに伴うマツリが
行われた。土偶は今から9千年前の縄文時代早期に現れ、稲作が始ま
る弥生時代の到来と共にその姿を消す。その土偶、本来土偶とは女性
像を模して作られた物で、最初から壊す目的で作られたと考えられる。
そのほとんどが妊娠した女性のモチーフで、安産や豊穣を願って作ら
れ、出産が終わると感謝の願いを込め壊したのである。男性の土偶と
思われる物も多少あるようだが・・・これらの遺物は男性型土偶・土
偶型土製品などと呼んでもいいのではないだろうか・・・確かに女性
だけでは妊娠できないが・・・






金箔瓦包囲網

秀吉は徳川家康を関東に移し、周囲を秀吉の重心で固める。
そしてその重心たちの治める城には秀吉の権威の象徴である
金箔瓦を屋根に葺くことを許している。小諸城 上田城 松本城
甲府城 駿府城 岐阜城・・・江戸城を囲む「金箔瓦包囲網」である

小諸には仙石秀久 上田に真田昌幸 松本に石川数正 甲府に浅野長政
駿府に中村一氏・・・水も漏らさぬ包囲網

小諸
小諸

上田
上田

松本
譚セ譛ャ_convert_20100922155319

駿府
駿府

岐阜
岐阜







二つの時代

甲府城の石垣は今から400年前 
豊臣秀吉の家臣浅野長政によって築城された
その後幕府の手によって改装されているが
秀吉の頃の石垣が多く残っている
一部幕府によって積みなおされた石垣を
見ることが出来る場所がある

二つの時代の石垣
二つの時代

向かって右が秀吉の頃の「野面積」
野面
左側は江戸中期の「打ち込みはぎ」打ち込み

秀吉の建てた大坂城は幕府の手によって取り壊され
石垣も全て埋められ新たに造られた
大坂城を造ったのは誰?
「豊臣秀吉」  間違いです
正解は「徳川幕府」

幕府の造った大坂城
IMG_0040_convert_20100922143138.jpg

ただし天守閣は昭和6年に「大坂城夏の陣図屏風」
を元に鉄筋で復元された
ということは秀吉の建てた天守閣を復元したということになる
でもどう見てもこの復元天守は秀吉の造った城ではない
偽者はすぐに色あせてしまう

本物は色あせない
IMGP0039_convert_20100922144142.jpg
幕府の造った大坂城乾櫓(現存)



これ何?

甲府城で一番多い質問は
「あれなんですか」です謝恩碑

明治40年甲府は大水害に見舞われ、100人を超す死者がでました。
明治43年、再び水害があり、甲府盆地は水浸しになりました。
その原因は戦争のため山梨県東部の山の木を伐採して供出してしまった
ため山に保水力がなくなり、土石流が発生したためです。

被害の甚大さに時の政府は国有林を払い下げして県に下賜したのです
そのお礼のために「謝恩碑」としてこの場所。甲府城の本丸に立っています。

甲府城を訪れるお客さんで一番多く勘違いしていることは
「甲府城は武田信玄が造った」です

正解は豊臣秀吉です

御三階櫓

甲府城にはかつて御三階櫓がありました
5代将軍綱吉の老中筆頭として権威を振るった
柳沢吉保が城主を勤めた時に造られ、天守の
代用とされました。惜しくもその後消失し、
今はその姿を見ることは出来ません
全国には現存する三重櫓(御三階櫓)が12存在します
そのほとんどが天守の代用になったり、他の城の
天守を移築したものです。

江戸城富士見櫓 天守代用(皇居一般参観の時の写真)
富士見櫓どの方向から見ても美しく見えるため八方正面櫓ともいわれる

名古屋城清洲櫓 清洲城天守移築
清洲櫓

彦根城西の丸三重櫓 小谷城天守移築
三重櫓

甲府の三重櫓は着見櫓(月見櫓)と呼ばれたいたので
江戸城富士見櫓の様な形であったと思う

甲府城天守台

勾配

天守台北面

兄弟石

甲府城天守の石垣に元はひとつ石を二つに割った石がある

真ん中の石
兄弟 遠

この二つの石
兄弟石

断面がほぼ同じ形をしている
二つに割った石を重ねたものと思われる

石垣の石

石垣の石の割り方
石に矢と呼ばれるクサビを打ちます
そして割る 職人さんのわざです

石割り体験の石

矢を打ち込んだところ
体験 矢

割った後
石割体験

実際の石垣の石

矢は打ちこんだものの割らなかった石
割る前

割った石の矢の跡
矢跡

地下排水路のこと

暗渠(あんきょ)とは地下排水路のこと
石垣の内部に雨水が入ると土が流れて石垣の崩れる原因になります
そこでこの排水路が考案されました

暗渠入り口
暗渠 入り口

暗渠出口
暗渠

お蔭様で

落書きが目立たなくなりました
落書きはやめましょう
文化財保護法違反です
落書き 施工後

収穫に感謝

かつてはお盆の送り火としての祭りでした
今はその年の実りに感謝する祭りです
鳥居焼

この鳥居にたいまつで火をつけると祭りのボルテージが最高潮になります
またまつり広場ではワイン飲み放題 ぶどう食べ放題
方言で言うと「ワイン飲みほうけ、ぶどう食べほうけ」
今年は10月2日です

里親募集

こんなかわいい犬を捨てたヤツがいます
ということで大事に飼ってくれる方募集します
里親

金箔瓦

 邪馬台国の中心が九州にあったのか、奈良にあったのかは分からないが
卑弥呼の墓と考えられているのは奈良にある箸墓古墳である。その周辺
には、弥生時代の終わり頃に造られた墓がたくさん見つかっていて、こ
れらを墳丘墓と呼んでいる。この墳丘墓は前方後円墳のような形をして
いるが、前方部が後円部より短いという特徴を持っているため、この地
域の名前を取って「纏向型前方後円墳」と呼んでいる。3世紀の終わり
頃箸墓古墳が造られ、これが最初の古墳と言われている。それ以後畿内
を中心に多くの古墳が造られ、その規模はだんだん大きくなり仁徳天皇
陵で、その頂点を極めた。
 山梨にも4世紀中ごろに甲斐銚子塚古墳という大きな前方後円墳が造ら
れるが、これは大和朝廷から有力な国司が派遣され、東国や北陸を抑える
要衝の地を統治していた人物の墓と考えられる。また甲府盆地の北部には
弥生時代に「赤い土器」という独特な文化を持つ集団が栄えていた。そこが
金の尾遺跡として現在まで残っている。

金の尾遺跡出土土器
金の尾

この勢力に対抗するため、甲府盆地の南部、曽根丘陵が銚子塚古墳を作る場所
として選ばれたのであろう。この当たりで見つかる土器は「赤い土器」とは
違う「S字口縁台付甕」という東海系の土器が多い。しかし5世紀に入り、
大和朝廷の権威が拡大していくと甲斐国の重要度は徐々に薄れ、有力な国司は
派遣されなくなったのだろう。大きな古墳は造られなくなる。甲斐銚子塚古墳
以降に造られた古墳は小さい前方後円墳が多く、帆立貝式とも呼ばれる前方部
が短い前方後円墳も造られている。そして主流は横穴式石室を伴う円墳に変わ
っていく。纏向型が前方後円墳の初期の形だとすると、帆立貝式は退化した形
であろう。

大塚
大塚古墳

 時代は下り安土桃山時代。天下統一を果たした羽柴秀吉が徳川家康を関東に
移し、その最前線として大きな城を造った。それが甲府城である。松本城もほぼ
同じ時期に同じ目的で造られた。更に江戸期には甲府は徳川領となり西国の抑え
として君臨、将軍の弟が城主を勤めている。一説には江戸が有事の際は将軍の
隠れ城として整備されたとも言われる。しかし8代将軍の頃になると幕府の権威
は絶対のものとなり、甲府城の重要性はなくなる。
 甲斐国の位置は古代においては東の抑えとして栄えた。大和朝廷から贈られた
鏡が銚子塚古墳から見つかっている。この鏡は中国からもらった物で、国から派遣
された重要な人物だったことがこれからも分かる。近世においては東の押さえとして
重要な城が置かれた。それは秀吉から金箔瓦を屋根に葺くことを許された城である
ことから分かる。それぞれ日本のほぼ中心に位置し、山に囲まれた地形を持つ山梨の
特徴とも言える。

シャチ
山梨県指定文化財 金箔付き鯱瓦

9月13日18時30分

こんな雲が・・・
雲

甲府の空です
思わず写真を撮りました
雲

その頃河口湖では
こんな綺麗な富士が見えていたようです
富士

くろがね門

明治初年まで大きな櫓門があったことは図面でも確認できる
江戸時代の絵図面を元に往時の姿を復元することになり、
現在工事が進められている。


鉄門2

完成は3年後 時間かかりすぎ
もう少し気合を入れて工事してください

初めてのお泊り

お盆に愛犬アトム(G・リトリバー)を連れて
実家に泊まりました

まるで忠犬ハチ公の様でした
アトム セーラ

甲府城の工事

石垣を直したり
石垣工事

芝を張ったり
芝張替え

櫓門の復元工事をしたり・・・

山梨にもきました

中国は秦の時代にはるばるやってきて
不老不死の妙薬を求めて旅をしたと言う
伝説の人物 徐福

明日見
山梨県富士吉田市にある徐福公園

モズの高鳴き

モズが里に下りてきてキキキ・・・と鳴きはじめました
そろそろ田の稲刈りが始まります

実るほど頭を垂れる稲穂かな
頭をたれる

偉い政治家に聞かせたい

誰のための選挙ですか
誰のための代表選ですか
主役は誰ですか
米

忍者現る

10月に親子忍者ショーを山梨県社会福祉士会の有志で
発表します忍者

練習にも気合が入ります
忍者ショー

子猫を保護

大事に飼育してくれる方いませんか
猫

勝山城

谷村藩秋元家3代の居城
勝山 碑
3代秋元喬知は老中として功績を残す
また河口湖から水不足に悩んでいた富士吉田市新倉まで手堀トンネル
「新倉掘抜」の着工を手がけた。(秋元時代には完成せず、幕末に完成)
秋元喬知が老中の時に忠臣蔵の「赤穂事件」が起きている。
1704年に川越に移り、その後富士山で宝永の大噴火が起きている

本当はこんな形

古墳が造られた時はこんな感じでした
盛り上げた土が崩れないように石が葺いてありました
そして聖域には結界を示す埴輪が並べられていました

保渡田八幡塚古墳
はちまんつか

森将軍塚古墳
森将軍

天の香具山

大和三山のひとつ
百人一首にも選ばれている
「春過ぎて夏来にけらし白妙の衣ほすてふ天の香具山」
とうたわれた香具山

資料には
 「春過ぎて夏来るらし白栲の衣乾したり天の香具山」
と出ています

大和三山
奈良の一夜はこうして更けていきました


ハイジの村

ハイジの村でヨーゼフの子供たちと写真を
撮ってきました そのときも思ったことで
すが犬の管理が悪い 日陰はないし・・・
先日山梨県から改善指導があったそうです
犬が暑くてかわいそうだという苦情が多く
寄せられたそうですヨーゼフ

こんなこと誰が

甲府城の石垣に落書きされています
文化財保護法違反です

落書き


先日この猛暑の中子供たちが
落書きを消すイベントに参加しました

あをによし 奈良に行ってきました

卑弥呼の墓
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プロフィール

noboseri24

Author:noboseri24
城めぐりブロガー


拓殖大学外国語学部 卒業
佛教大学通信教育学部 終了
日本福祉教育専門学校 卒業
放送大学教養学部 考古学履修

博物館学芸員
社会福祉士 介護福祉士
介護支援専門員
調理師 
剣道初段 英検3級

日本城検定 初級
日本城郭検定 準1級
江戸文化歴史検定 3級
考古検定 中級

シルクロード検定 受験
紅茶検定 受験
お好み焼き検定 受験

成年後見制度 市民後見人

好きなチーム 巨人 ヴェルディ
ヤンキース

好きな選手 松井 カズ 高橋由伸

日本100名城スタンプラリー
平成22年4月18日  開始
平成27年11月24日 制覇
平成27年12月2日  認定
       第895番目  

趣味 日本100名城スタンプラリー
城めぐり 古墳めぐり 蝶の観察

読書 司馬遼太郎 吉川英治 山岡荘八

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 小判鮫の独り言  (弟のブログ)

剣は心なり
  心正しからざる者
        剣また正しからず

小学生のころより歴史に興味を持ちはじめ現在に至っています。また実家はブドウ栽培で有名な山梨県勝沼町で周囲は自然に囲まれています。今まで撮影した画像の保存と集めた資料をまとめる目的でブログを始めました。城や前方後円墳などの歴史から自然のことブドウ栽培などの記事を思いつくまま更新しています。


国指定史跡 甲斐府中城 甲府城

武田家滅亡後、甲斐の国は、信長が支配する。その信長も3か月後に本能寺で自害。そして徳川家康が治めることになる。小田原攻めの後豊臣秀吉が甲斐を支配。その頃に築城されたのが、甲府城である。その当時は金箔瓦が燦然と輝く5層の大天守がそびえていた。そして江戸期になり今度は幕府直轄地となり、天守は破却されたが、天守の代用として御三櫓階が造られている。その後も交通の要衝を抑える要の城として将軍の弟が城主をめ、明治を迎える。


甲斐銚子塚古墳

甲斐銚子塚古墳は日本で53番目の全長169メートル、東日本では3番目の大きさである。その形は前方後円墳と呼ばれる日本独特の形である。後円部に竪穴式石室が設けられていて、当時この地方を支配していた国司が葬られている。



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