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天守台

天守曲輪から見た天守台
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今年は

気象の関係か紅葉が長く楽しめる
画像

今日の富士山

河口湖から見た富士山
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田安陣屋

8代将軍吉宗の次男徳川宗武が興した田安家
甲斐に領地をもらい、山梨市に陣屋を構えた

陣屋

いし

石垣

案内板

甲斐の国

甲斐の国は幕府直轄の地(甲府)と谷村藩という
独立した藩の二つに分かれていた。徳川家宣が
6代将軍になると、柳沢吉保が甲府を受領し、
さらに郡内谷村藩藩主秋元喬朝を柳沢の旧領、川越
に移して、谷村も含めて甲斐一国を柳沢が支配
することになった。この20年あまりの柳沢時代
に甲府の街は発展し、現在の甲府の基礎を造った。

甲府にまつわる人物

徳川家宣(1662~1712)
 徳川綱重の嫡男。3代家光の孫。1662年根津邸にて生れるが、
生母の身分が低かったため、家臣の新見家に預けられ、新見左近と
名乗る。9歳の時世継ぎに認められた。その当時は松平綱豊と名乗る。
1680年に5代将軍の候補に挙がるが、その時は将軍にはなれなか
った。1709年6代将軍の座に就くと、大老柳沢吉保を免職させ、
悪評だった生類憐みの令を廃止、新井白石の登用など文治政治に努めた。

甲府にまつわる人物

徳川綱重(1644~1678)
 3代将軍家光の3男。4代将軍家綱弟。
1654年甲府浜屋敷(後の浜離宮)を造営。
1661年甲斐受領。25万石。甲府宰相と呼ばれる。
本人は甲府へ来ることはなく桜田邸に在住し、「桜田殿」
とも呼ばれた。在国の家臣団に指示し、釜無川の治水、
徳島堰の開削などの領国支配を行なった。

甲府にまつわる人物

徳川忠長(1606~1634)
 2代秀忠の3男、3代将軍家光の弟。1618年甲斐
受領。23万8千石。1624年には駿河、遠江を併せて
55万石の大名になるが、1631年甲府で幽閉され、
2年後に高崎で自害させられた。

甲府にまつわる人物

徳川義直(1600~1650)
 家康の9男。1603年甲斐国受領。25万石。
本人は甲府に来ることはなく駿府に在城。1606年
兄松平忠吉の後を継いで尾張国清洲へ移る。その後
尾張藩初代藩主、御三家。

物語「甲府城日記」

 1603年(慶長8年)江戸に幕府を開いた徳川家康は交通の要衝である
甲斐の国を西国の抑えとして、9男の義直に与えた。4年後に義直は尾張に
移り、大坂の抑えの地を治める。そして1616年(元和2年)3代将軍の
座を廻り兄の家光と対立する徳川忠長は駿河の国に加え、甲府も受領し、
55万石の大大名になるが、家臣を手打ちにしたという不行跡により
1632年(寛永9年)甲府で幽閉され、翌年高崎で謀反の罪で自害して
果てた。甲府城には伊丹康勝が城代として入り、徳美藩を立藩、初代藩主
となり、しばらく甲府は城代が支配。その後1661年(寛文1年)4代
将軍家綱の弟徳川綱重が甲府城主になった。そして2万両で城を改修して
いる。1678年(延宝6年)徳川綱重は嫡子の綱豊が将軍になるのを見
ることなく病死。綱豊が甲府城主となり、甲府宰相松平綱豊と名乗る。
そして5代将軍の候補に挙がるが、徳川綱吉が将軍になり、その寵を得た
柳沢吉保が台頭する。そして吉保は大老にまで出世し甲斐一国を受領し、
甲府藩の初代藩主になる。結局6代将軍は松平綱豊(徳川家宣)が就任
した。1724年(享保9年)柳沢吉里は甲斐から大和郡山に移り、以後
甲府は勤番支配となる。3年後勤番屋敷から出火した火事で本丸の銅門
などが焼失、その7年後1734年(享保19年)御金蔵破りにあい、
追手櫓門から1400両が盗まれる。様々な災難にあい、徐々に衰退
して甲府城は明治を迎えた。

今年の紅葉

すっかり紅葉した周囲の山々
郷土山

農園の周囲

農園の冬

葉が落ちだしたぶどうばたけ
農園の畑

20日の月

20日の月
 夜半に東から昇り、一晩中輝き朝西に沈む

ススキと月

南アルプスと月
 月とアルプス

満月

満月は15日の月

満月
日暮れとともに東の空に現れる

本丸

城の中心を本丸といい、通常そこには天守が造られる。
甲府城の本丸にも、天守と本丸御殿が置かれた。
その本丸を守る門が鉄門である。櫓門と呼ばれる
2階建ての門で2階には警備の武者が配置されていた。

甲府城本丸から見る天守
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復元工事

鉄門の復元工事が始まる。

鉄門跡
鉄門2

完成が待ち遠しい
完成予想図

山梨県民の日

11月20日(土)山梨県民の日協賛イベント
「ひらけ玉手箱」が山梨県埋蔵文化財センター
の主催で甲府城をメイン会場に開催された。内
容は縄文時代から明治まで山梨の歴史を体感で
きるイベントである。我々ふくぞめプロデユース
は甲府城の歴史を紹介する紙芝居を担当すること
になった。一週間前に埋蔵文化財センターで甲府
城の整備担当者から電話で依頼を受け、イベント
前日にシナリオを受領するという慌しさであった
がイベント当日は小春日和で多くの来客で賑わっ
た。もちろん我々は忍者の衣装で颯爽と登場。紙
芝居の内容は子供向けとはいうものの多少難解で
盛り上がりに欠けるものであったため、我々忍者
はアドリブや甲府城の歴史の解説を加えながら、
楽しいショーになるように心がけた。1回30分
の公演を3回行い、それぞれ20名くらいのお客
さんが紙芝居を楽しんだ。また各公演の後、ワン
ポイント忍者講座やエア手裏剣をお客さんと一緒
に行い、好評のうちにイベントを終了した。

いよいよ

甲府城鉄門復元工事始まる
鉄門から富士

画像 011

完成予想図
完成予想図

初冬の農園

近くの山の紅葉
山崎

ベリーA

六地蔵

人間は6っつの道で様々な困難に遭うという
その六道でそれぞれ救ってくれるお地蔵様
六じぞう

甲府城に現る

甲府城に忍者参上
 殿より指示を受ける忍者
殿

 姫を守る忍者
姫

満月

甲府城本丸から見る愛宕山の紅葉と満月
イベント

月

11月20日 

山梨県民の日 甲府城でイベントが開かれた
晴天の一日 小春日和で紅葉も見ごろ
稲荷紅葉

紅葉

山梨の歴史を体感できる一日
画像 008

画像 009

あやしい2

復元が忠実でない城

小田原城
 最上階の回廊は本来はない
小田原

高島城
 明治の写真を見ると最上階の窓は今は3っつあるが本来1つしかない
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大垣城
 昭和20年ごろの写真と比べると大屋根の形が違う
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岡崎城
 本来なかった展望の為の回廊がついている
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あやしい

復元に多少問題がある城

岩村城太鼓櫓
 100名城選定の時に復元の正確さが問題になった
時計台

岩村城本丸石垣
 見事な勾配のある石垣
石垣

岐阜城
 斉藤道三が築き、信長がその遺志を継いだ城
 関が原の後城の遺構は全て加納城に移された
 往時を推定して復元された
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墨俣城
 偽者の観光用のシロ
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伊賀上野城
 藤堂高虎が築城したが天守は竣工直前に暴風雨で倒壊
これは昭和に造られた模擬天守
天守

長浜城
 秀吉の出世城
天守閣跡
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隣りに建てられた模擬天守
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小春日和

天高く

11月19日今日の富士 河口湖の友人が送ってくれました
今日の富士

明治初年に取り壊された天守

明治まで現存した天守
 会津若松城 新発田城 小田原城 高島城 岡崎城 
 津山城 萩城 高松城 大洲城 熊本城

新発田城
新発田

小田原城
小田原

高島城
高島

岡崎城
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昭和20年代まで現存

戦災等で焼失した天守
松前城 水戸城 大垣城 名古屋城 和歌山城 岡山城 福山城 広島城

大垣城
大垣

名古屋城
名古屋

 

冬の夕日と花

夕日
夕日

冬といえばサザンカ
山茶花

ホトトギス
ホトトギス

冬の風景

取り残された百目柿
百目

皮をむいて干す
干し

皮も使う
かきかわ

近所の紅葉

周りの山
エンザンやま

近所のもみじ
住宅もみじ

農園も

農園の紅葉
赤くなったぶどうの葉
赤

黄色いぶどうの葉
黄ぶどう

まだ青い葉
緑

自宅の紅葉

もみじ
農園もみじ

エンザン

クロッカス
クロッカス

河口湖もみじまつり

河口湖もみじ祭り
もみじまつり

もみじ

河口湖

平和

小学校6年生が自殺した。小学生にとって、とても楽しみなはずの給食
を一人で食べていた 虐めを苦に自殺してしまった その因果関係を
認めない学校 こんな世の中本当に平和なのか 異常だ。末期症状
世紀末だ。外国人の横綱の勝ち負けに一喜一憂するのもいいがこんな
住みにくい日本だったのか。とても残念 がっかりだ 

海上保安官逮捕されず 当然だろう。彼は週刊誌に「正義は我にあり」
そういっている。ただし国家公務員としては失格だ。勇気ある行動とい
うことは認めなければならない。

現存する天守

弘前城 丸岡城 松本城 犬山城 彦根城 備中松山城
姫路城 松江城 丸亀城 宇和島城 松山城 高知城

現存する天守はこの12城

丸岡城
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松本城
松本

犬山城
犬山

彦根城
彦根

姫路城
姫路

もうこんな季節

農園にかわいい野鳥が飛来しました
腹部が濃いオレンジ色 羽根がクロ
ジョウビタキです アラスカから雪
のないこの辺りで越冬します
今年ももうこんな季節 冬の始まりです

足和田村根場

昭和41年台風で村の大半が被害にあった根場地区
現在は復興して西湖いやしの里として復活

なんば

ねんばから富士

西湖野鳥の森

富士
野鳥の森

ヤマガラ
ヤマガラ

ヤマガラ2

紅葉

八ヶ岳横断道からみた八ヶ岳
八ヶ岳

八ヶ岳横断道大橋
大橋

富士を見る
富士

信長の城

安土城
日本で最初に高石垣を用いた城といわれている

石垣

大手門から天主にまっすぐに大手道が続く
大手道

イベント

11月20日甲府城でイベントがあります
玉手

冬に現れる

大丸山古墳
冬、木の葉が落ちるとその姿を現す古墳

全容が現れるまであと少し
 
大丸山

山梨県立考古博物館の紅葉
考古もみじ

考古紅葉

移動しました

預かり犬の日記は単独のブログを開設しました
http://noboseri1204.blog137.fc2.com/

舞姫

森鴎外の小説「舞姫」
そのヒロインのモデルが特定された

鴎外が生涯愛したのはその女性だったのでは
鴎外の若き日が偲ばれる

あっぱれ

死んだ大沢監督に言って欲しかった

 江戸時代華やかな元禄文化の後、田沼意次が老中になると、
賄賂政治が横行する。商人たちが競って賄賂を贈り、果て
には若い女子まで贈ったという。政治家の体質は今も昔も
変わらないのか。田沼意次は印旛沼の干拓などの功績のあ
るが、悪名が通ってしまっている。
 老中田沼はその嫡子、田沼意知が江戸城殿中で佐野政言の
刃傷を受け負傷、その不始末が元で失脚し、佐野は「世直し
大明神」と呼ばれた。田沼の後松平定信が老中になり、クリ
ーンな政治を行なう。「寛政の改革」である。しかし、
「水清すぎて 魚すめず」(水がキレイすぎても魚はすめない)
事業仕分けも必要だが、行きすぎないように 「過ぎたるは
及ばざるが如し」 ね、レンホウさん
 海上保安官が問題のVTRを不正に流失させた。国家公務員
としては失格だが今後の政局にどんな影響を与えるだろうか

天国の大沢親分 渇 ですか あっぱれ ですか

その後の甲府城

甲府城主柳沢吉里が大和郡山へ移ると
甲府は勤番支配になる。
1727年(享保12年)甲府城下勤番屋敷より出火 銅門、本丸御殿が類焼。
1734年(享保19年)御金蔵破り 追手渡櫓門2階より1400両盗まれる

以後甲府城は衰退する。

高島城公園

諏訪高島城
 高島

公園のイチョウ
いちょう

諏訪南インターチェンジのもみじとドウダンツツジ
諏訪南

もみじ

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お蕎麦屋さん

諏訪湖畔の美味しいそばや
やしま

そばや

松本平一望

弘法山古墳(松本市)
 一望の松本平と紅葉した桜

弘法山

石室
石室

近くで見かけたドウダンツツジと季節外れのツツジ
ドウダン

つつじ

つつじどうだん
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プロフィール

noboseri24

Author:noboseri24
城めぐりブロガー


拓殖大学外国語学部 卒業
佛教大学通信教育学部 終了
日本福祉教育専門学校 卒業
放送大学教養学部 考古学履修

博物館学芸員
社会福祉士 介護福祉士
介護支援専門員
調理師 
剣道初段 英検3級

日本城検定 初級
日本城郭検定 準1級
江戸文化歴史検定 3級
考古検定 中級

シルクロード検定 受験
紅茶検定 受験
お好み焼き検定 受験

成年後見制度 市民後見人

好きなチーム 巨人 ヴェルディ
ヤンキース

好きな選手 松井 カズ 高橋由伸

日本100名城スタンプラリー
平成22年4月18日  開始
平成27年11月24日 制覇
平成27年12月2日  認定
       第895番目  

趣味 日本100名城スタンプラリー
城めぐり 古墳めぐり 蝶の観察

読書 司馬遼太郎 吉川英治 山岡荘八

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 ぶどう農園の日記 (農園ブログ)
 預かり犬日記   (犬ブログ)
 小判鮫の独り言  (弟のブログ)

剣は心なり
  心正しからざる者
        剣また正しからず

小学生のころより歴史に興味を持ちはじめ現在に至っています。また実家はブドウ栽培で有名な山梨県勝沼町で周囲は自然に囲まれています。今まで撮影した画像の保存と集めた資料をまとめる目的でブログを始めました。城や前方後円墳などの歴史から自然のことブドウ栽培などの記事を思いつくまま更新しています。


国指定史跡 甲斐府中城 甲府城

武田家滅亡後、甲斐の国は、信長が支配する。その信長も3か月後に本能寺で自害。そして徳川家康が治めることになる。小田原攻めの後豊臣秀吉が甲斐を支配。その頃に築城されたのが、甲府城である。その当時は金箔瓦が燦然と輝く5層の大天守がそびえていた。そして江戸期になり今度は幕府直轄地となり、天守は破却されたが、天守の代用として御三櫓階が造られている。その後も交通の要衝を抑える要の城として将軍の弟が城主をめ、明治を迎える。


甲斐銚子塚古墳

甲斐銚子塚古墳は日本で53番目の全長169メートル、東日本では3番目の大きさである。その形は前方後円墳と呼ばれる日本独特の形である。後円部に竪穴式石室が設けられていて、当時この地方を支配していた国司が葬られている。



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小判鮫の独り言
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働くお父さんの独り言!
自転車で走り畑や花の話題
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